新潟|コロナ禍における チーム医療|キラッと看護介護実践集より
社会医療法人 新潟勤労者医療協会 下越病院 5階東病棟 / 師長 齋藤 明美
無記名で記入できるボードでスタッフの不安や疑問に対応
当院は新潟市秋葉区に位置し、『地域のみなさんとともに、ゆきとどいた医療・福祉の実現をめざします』の理念のもと地域の中核を担う261床の病院です。
2020年、当院でも新型コロナウイルス感染症患者の受け入れを決定し、病棟の一部をゾーニングし7床をコロナ陽性患者用として運用を開始しました。
受け入れ決定から現在に至るまで、看護師をはじめ医師、リハビリ職員、介護士など患者に直接関わる職種から栄養士や事務等の間接的に関わる職種まで多職種の協力を得て頑張ってきました。
今回、コロナウイルス感染者の入院受け入れを開始してからのおよそ3年間を振り返ります。 病棟の一部で陽性者を受け入れると決まった後の病棟看護師の覚悟は相当なものだったと思います。
陽性者をこの病棟で受け入れる、と病棟職員に伝えた時のことです。
その場でベテラン看護師が「私たちが対応しますよ、ね、〇〇さん」と同じ年代の看護師に同意を求め「もちろんです」と即答してくれました。
緊張感でピンと張りつめた空気が和らいだことを覚えています。
病棟の他の職員も受け入れに対する大きな拒否はなかったものの、未知のウイルスに対応する恐怖心や不安感は当然ありました。
直接声に出して言いにくいのではと考え、まずは心配事や不安、質問や意見を記入するボードを作り、無記名で記入してもらいました。
そして返答を記入して情報共有も兼ねたツールとして使用しました。
例えば、「陽性患者の対応後はシャワーの使用ができます」「休憩は他の職員と同じ場所でも大丈夫です」等の内容があがりました。
介護士やセラピスト、売店にも協力を要請
日勤帯は他部署から1週間に1名ずつ看護師の支援がありました。
しかし、徐々に入院する患者層が介護認定を有する高齢者に変化していき、看護師1名で対応することが難しい状況になりました。そこで介護士にもPPE着脱の練習をしてもらい、看護師と一緒に清拭やおむつ交換、退院後の病室の清掃等に入ってもらいました。
また、高齢者のADL維持のためリハビリテーションの早期介入が望ましいと感じ、リハビリ課に介入の相談をしました。
当初は数名のセラピストにPPE着脱指導を行い、その後はセラピスト同士でPPE練習、今ではPT、OT、STすべてのセラピストが介入しています。
おかげで入院早期から退院調整に入る際の情報提供も行いやすくなりました。
他にも、病室内で自主的にできる運動のパンフレットを作成し配布、患者にも大好評でした。
院内の売店にも協力を依頼しました。
特に青年期から壮年期の患者は状態の改善とともに個室隔離がストレスに感じます。
少しでもストレスの少ない入院生活を継続できるような環境をと考え、患者自ら売店に連絡し希望の嗜好品や雑誌等を購入できるように調整しました。
また商品をナースステーションに配達してもらうことで病棟業務の軽減につながりました。
できないではなく、どうすればできるかを一緒に考える
忘れられない患者の事例を一つ紹介します。
80代女性で娘さん、息子さんとの3人暮らし、家庭内感染でした。
入院時から呼吸状態が徐々に悪化、改善の見込みがない状態が続き、高流量の酸素投与を行いつつ苦痛緩和目的の医療用麻薬を投与することになった方です。
他医療機関の看護師である娘さんには呼吸状態が厳しく、看取りの覚悟が必要であるという説明がされました。
主治医は娘さんにPPE装着のもと、当院の看護師と共に入室、短時間の直接面会の許可を出しました。
面会時、娘さんは母親を前に「ごめんね、ごめんね」と謝りながら涙を流していました。母親は強い呼吸苦の中でも娘さんに「仕事にはちゃんと行っているのか?」と自分自身の苦痛よりも娘さんのことを心配していました。
翌日、さらに呼吸状態が悪化、残念ながら娘さんは臨終の場に間に合いませんでした。娘さんは「家族にも勤め先にも申し訳ないことをした」と自分を責めていましたが、続けて「勤め先の医師に、あなたが悪いわけではないのだから堂々としていなさい。非常事態だよ、誰も悪くないよ」と言われ気持ちが楽になった、とも話されていました。
私たちは娘さんの話しを聞くことしかできませんでした。
当時は感染予防の観点からお亡くなりになった患者さんを病室内で納体袋に収め、さらに霊安室で棺に納める対応としていました。
お見送りも限られたご家族だけにさせていただきました。
納体袋越しではありますが、この時間だけがご家族に患者さんのお顔を見ていただくことができる唯一の場面でした。
私たちは距離を保ちながら見守っているご家族に「お顔を見ませんか、写真を撮ってもいいですよ」と声をかけるように心がけました。
顔を覗き込み、涙を流しながら、家で待っている家族や県外にいる兄弟にせめて顔だけでも、と携帯電話のカメラにお顔を収めていました。カラオケ大会に着飾って参加していた女性が亡くなったときはご家族が納体袋の上にきらびやかなドレスを掛けて納棺したこともありました。
様々な葛藤を抱えていた家族が患者さんの死という辛い現実を受け入れる大事な時間だったのではないでしょうか。
2020年9月より、新型コロナウイルス感染症患者の入院受け入れを開始し、2022年末まで160名のコロナ陽性患者の受け入れを行ってきました。
陽性患者を切れ目なく受け入れている最中は、なぜ看護師だけがこんなにもつらい思いをしているのか、この苦労を多職種は理解しているのだろうか、と同じ院所で働きながら疎外感を感じたこともあります。
今、思い返すとそれは、私たち看護師が多職種に何を望んでいたのか具体的な提案を発信しなかったからでは、と思うのです。
困り果てて、多職種に相談した結果、「できないではなく、どうすればできるかを一緒に考える」柔軟な対応をとることで可能となったことがいくつもありました。
抱え込むのではなく、発信することでチーム医療が成り立つと改めて感じる機会となりました。
未来にのこしたいコロナ禍のキラッと看護介護実践集より引用
もっと読みたい人に!書籍のご紹介
未来にのこしたいコロナ禍のキラッと看護介護実践集

COVID-19が猛威を振るい始めてから3年以上が経過し、ワクチンや治療薬が承認され2023年5月8日に感染症5類になりました。通常の医療を継続しながら、感染対策や陽性者の対応・地域の問い合わせに翻弄させられた日々、「まず診る、支援する、何とかする」を実践した日々を忘れてはいけない。後世に残し継承するために、全国のキラッと看護介護のほんの一場面ですが一冊にまとめました。このコロナ禍で起きたことが、なかったことにされないように今後に同様な事態が起きた時に同じことが繰り返されないように、いのちに寄り添った生きやすい社会であることを切に願います。
全日本民医連 看護委員会
掲載日:2026年10月25日/更新日:2024年9月24日









