秋田|患者さんとご家族の“物語”に 心が動かされた日|キラッと看護介護実践集より
社会医療法人 明和会 中通総合病院 / 看護部長 宮野 はるみ
看護部長宛てに届いた1通の手紙
2022年5月のゴールデンウイーク明け、1通の速達が看護部長宛てに届きました。関東の住所の男性からの手紙でした。
差出人に心当たりがなく、開封する際の緊張感はとても大きく、ドキドキしながら中の用紙を取り出し、A4用紙1枚にパソコンでびっしりと書かれた文字を目で追っていきました。
入院されている90歳近い男性のお孫さんからの手紙で、「祖父のことで相談したいことがある」という内容でした。
その患者さんは、敗血症で入院されましたが嚥下障害が強く、経口摂取が困難となり、2か月近く入院されており、誤嚥、発熱、意識レベルの低下等でベッド上の生活が続いていました。
その手紙には、「老人ホームに入所している祖父に会う予定でしたが、入院し、この先、長く生きることができない状態であると聞きました。
面会するのは難しいとは分かっているが、祖父が生きているうちに、ぜひ一目会いたい。何より祖父を大事に思っていることを本人に伝えたい。
おそらく祖父に会えるのは、これが最後の機会となるので、孫の自分が結婚したことを報告し、妻に会わせたい」という、切実な想いがしたためられておりました。
一目会いたいという家族の願いに応え面会を実現
手紙を読み進むうちに目頭が熱くなり、自分自身の心が動かされているのを感じました。
「この患者さんを、ご家族と面会できるようにしたい」という思いが湧き上がりました。
それぞれの人の持つ“物語”は、人の心を動かす原動力になるのだと感じています。私たちにとって忘れられない患者さんの存在は、その患者さんと“物語”の共有があるからなのではないかと感じ、一人ひとりの個性を持った人をつなぐ橋渡しとなるものは、“物語”の存在だと確信しました。
手紙は、病棟師長宛にも送られており、家族の願いを叶えるため医療チームで懸命に検討していました。
その医療チームの誠意にも感動しました。
病院1階のホスピタル・ストリートのガラス張りで外と中が見える場所で面会ができるよう調整を進めました。
患者さんは、車椅子では移動できる状態ではありませんでしたが、面会できる方法を熟慮し準備を進めました。
面会当日は、患者さんの娘夫婦・孫夫婦等ご家族7名が来院し、患者さんはベッドのまま病院1階のホスピタル・ストリートに行き、窓ガラス越しではあったものの、お互いに顔を見ながら電話越しに声を交わし、写真も撮影できました。
患者に会えたことを心から喜んでいる家族の姿を見て、患者さん自身もご家族も涙を浮かべていました。
家族と過ごす暖かな優しい時間が流れているようでした。そばにいるスタッフも通りすがりの職員も他の患者さんも涙するほど、素敵で感動的な時間がそこには存在しておりました。
後日、お孫さんから再び手紙が届き、「3年ぶりに直接、祖父に会えたこと、気持のやり取りができたことは、私たちにとって奇跡的なことでした。
人生の宝物になるような思い出を作ることができたと家族で話しています。
祖父にとって病院で過ごすことのできた時間は、掛け替えのない素晴らしいものだったと思います」との言葉とともに、感謝の気持ちが丁寧な文章で綴られおりました。
私たち看護チームは、目に見えない看護の存在、ケアすることでケアされるケアリングを実感する貴重な経験をさせていただきました。
“物語”を知り、心のこもった看護の実践を目指す
COVID-19の感染拡大は、収束する気配がなく面会制限が長期化しておりますが、「会えない」「話せない」状況は、患者の孤独感を高めています。
また家族は「もっとそばにいて、いろいろしてあげたい。病院で大事にされているだろうか」という心残りや不安に苛まれることがあると感じます。
『平静の心 オスラー博士講演集』(日野原重明・仁木久恵訳、医学書院)の中に、「かけがえのない大切な命の世話を赤の他人に委ねることは、この世の最大の試練の一つだと言えるかもしれない。病人は神聖冒すべからざるものを犠牲にして、あなた方(看護師)の技能や手順に身をゆだねる」と書かれていたことを思い出し、看護師の役割を再認識しました。
それぞれの患者さんやご家族が抱える思いを真摯に受け止め、今、自分たちにできることは何だろうと問いかけ、個々の経験と知恵を結集し、患者・ご家族の不安が少しでも解消できるような看護を実践することが、この制限下ではより求められています。
コロナ禍の中、取り巻く状況も変化し、時にはうまくいかずに、私たち看護師自身も不全感や無力感を抱くことも多々あります。それでもあきらめずに立ち止まり、専門家としての在り方を探求し、問い続けていく勇気を持ち続けたいと思います。
だれ一人孤独にならず、医療チームの仲間を一人で悩ませず、独断、独善に陥らない心配りをしながら(物語を知ること)、解決策を模索し患者・ご家族の想いに寄り添い(物語を知ること)、心のこもった温かい看護を実践できる集団でありたいと考えます。そして、この事例に真摯に丁寧に対応した看護チームをとても誇りに思います。私は、この病院の看護師たちが大好きです。
未来にのこしたいコロナ禍のキラッと看護介護実践集より引用
もっと読みたい人に!書籍のご紹介
未来にのこしたいコロナ禍のキラッと看護介護実践集
COVID-19が猛威を振るい始めてから3年以上が経過し、ワクチンや治療薬が承認され2023年5月8日に感染症5類になりました。通常の医療を継続しながら、感染対策や陽性者の対応・地域の問い合わせに翻弄させられた日々、「まず診る、支援する、何とかする」を実践した日々を忘れてはいけない。後世に残し継承するために、全国のキラッと看護介護のほんの一場面ですが一冊にまとめました。このコロナ禍で起きたことが、なかったことにされないように今後に同様な事態が起きた時に同じことが繰り返されないように、いのちに寄り添った生きやすい社会であることを切に願います。
全日本民医連 看護委員会
掲載日:2025年7月24日/更新日:2024年9月24日