ケアの倫理cafe vol.2|世界の人権保障|フィンランドの子育て支援
フィンランドの子育て支援「幸福度1位」を支える「無料で質の高い教育制度と手厚い社会保障」
藤井ニエメラみどり(フィンランド在住)
世界一幸せな国と称されるフィンランドに暮らして、早25年。自分が幸せかどうか改まって考えることはあまりないものの、子どもを持つ身として、この国で暮らしていて良かったなと思ったことは、今まで何度となくあります。それには、この国の職場での働きやすさや子育てのしやすさが関係しています。
労働者の権利としての看護休暇
私の勤務するタンペレ市立J小学校には、約40人の教職員が働いています。
毎朝、職場のグループwhatsAppを通じて、副校長から欠勤者のお知らせの連絡が全体に入ります。冬の胃腸炎やインフルエンザが流行るこの時期、学校秘書は朝から、教師や学習支援員の代理を探すのに大忙し。特に小さなお子さんをもつ職員の欠勤は目立ちますが、それはみんな暗黙の了解です。みんな、労働者の当然の権利として受け止めているのです。
フィンランドでは、同じ世帯の10歳未満の子どもが急な病気やケガをした場合、被雇用者は一時的な看護休暇を得る権利を有します。休暇の取得は、1回につき最長で4日まで。法律上、雇用主は休暇中に賃金を支払う義務はないものの、多くの労働協約では、この期間の給与の支払いや対象年齢の延長について合意しています。
▲育児休暇中の父親と子どもたち
「親休暇」最大320日
現在、私の職場では男女合わせて3人の教師が育児休暇中、または休暇に入る予定です。「イクメン」という言葉が存在しないこの国では、男性も当然のこととして積極的に育児に参加しています。特に2022年に新たな育児支援制度が施行されたことにより、男性が今まで以上に育児休暇を長く取得するようになってきました。
フィンランドでは、産前産後の平日40日間の母親対象の産休に加え、赤ちゃんの誕生とともに親休暇がスタートします。休暇の期間は最大で平日320日(14か月間)。両方の親はそれぞれ、休暇の半分である160日を取得でき、うち18日分は二人同時に取得できます。自分の持ち分の日数から最大で63日をもう一方の親に譲ることも可能です。
▲保育園での子どもの様子
「親手当」学生等無収入でも
休暇中は、国民年金庁Kela から収入に応じた額の親手当(収入の70%)が支給され、例え無収入の学生であっても、最少額の約32€(ユーロ)/日(約5千円/日)、つまり月あたり約800€(約12万8千円)のサポートを受けることができるしくみです。両親は、子どもが2歳になるまでの間、この休暇をどのように分担して取得するのかを自分たちで決定します。親休暇後も引き続き、子どもが3歳になるまでの間は、自宅育児休暇(約377€/月(約6万円/月)の手当て)を取得することも可能です。
たとえこれらのすべての育児休暇を取得したとしても、フィンランドではその期間中に職を失うことはありません。なぜなら、復帰後も元のポジションに戻れることが労働者の権利として保障されているからです。このようなシステムは、父親と母親の共同育児を応援するとともに、親たちが家計の不安を抱えずに子育てに専念することを可能にします。そのためか、フィンランドの保育所の入園可能時期は最も早くて生後9か月ですが、実際の平均的な入園時期は1歳を過ぎてから、1歳半~2歳ごろといわれています。
すべての乳幼児に「保育サービスを受け取る主体的権利」
「幼少期の保育や教育が子どもたちの成長と発達と学びを支える」と考えられているフィンランドでは、親の就労有無に関わらず、すべての乳幼児は、“保育サービスを受け取る主体的権利”を持っており、幼児教育に参加することができます。つまり、各自治体は保育を必要とする子どもにそのサービスを提供しなければなりません。
保育園の利用料は、世帯収入や家族構成などに応じて決まります。最大額は、タンペレ市では311€(約5万円)。所得が少ない場合は、無料となります。一方、小学校入学前の1年間は、すべての6歳児を対象に、無料で就学前教育が行われています。1日4時間、年間700時間相当のプログラムが編成され、子どもたちは学習の基礎となるスキルや知識、能力を、遊びを通して身につけていきます。
▲保育園の子どもたちと幼児教諭
教育の真の機会均等を目指して無料化を拡大
これまで、フィンランドは長年に渡って、教育の真の機会均等を目指して、無料化の拡大を続けてきました。例えば、2018年には、保育園料金無料の対象となる所得額が引き上げられたことにより、より多くの世帯が無料で子どもを預けることができるようになりました。(タンペレ市2025年現在、3人家族の場合の無償化所得制限は5245€以下(約84万円以下)。
また、2021年には義務教育の延長により、すべての若者に中等教育を修了するか、もしくは18歳になるまでの就学が義務づけられるようになり、基礎学校同様、高校および職業学校においても完全無償化が実現。教材費や給食費も一切かからなくなったのです(授業料においては、以前からも大学院まで無料です)。さらに最近では、無料の就学前教育を5歳からの2年間に延長するパイロットプロジェクトも行われており、実際に施行するかどうかの決定が、今年2025年に下される予定です。
7年連続1位に輝くこの国の幸福度を支えるのは、まさにこの無料で質の高い教育制度や手厚い社会保障にあります。「誰一人として孤立させない、取り残さない」を目指すフィンランド。現在、深刻な経済状況の中、国や自治体はいろんなカットをせざるをえない状況にありますが、はたして、この充実した子育て環境が今後どのように維持されていくのかどうか、気になるところです。
藤井 ニエメラみどり
フィンランドのタンペレ市在住。学習支援員として市の基礎学校で働く傍ら、日本人向けに教育視察コーディネートやガイド等を行う。著書に『フィンランド育ちと暮らしのダイアリー』2018年 かもがわ出版、共著に『安心・平等・社会の育み フィンランドの子育てと保育』2007 年 明石書店)など。
掲載日:2025年5月2日/更新日:2025年5月2日