ケアの倫理cafe vol.4|世界の人権保障|ケア職の価値を高めるドイツの取り組み
ケア職(看護師・介護士)の価値を高めるドイツの取り組み
田中洋子さん(ドイツ在住)
ドイツでは、看護師・介護士の仕事の価値を高め、かつ働きやすい職場を実現するために、さまざまな試みがなされています。今日はそれを三つ紹介します。どれも日本ではなかなか見られないアイデアで、びっくりするかもしれません。
看護師・介護士の教育を「ケア職」に統一
一つは、看護師と介護士の教育課程を一つの「ケア職」にまとめたことです。
日本でもドイツでも、看護師の歴史は古く、介護士の歴史は介護保険の導入以来の新しいもののため、それぞれ教育・養成課程は大きく異なってきました。
これに対し、ドイツでは2020年に「ケア職業法」という法律をつくり、看護師と介護士の教育を統合したのです。若い人たちをどうしたら看護や介護の仕事に引きつけられるかを考えた結果、看護と介護を統合した教育訓練を総合的に行おうという方向に社会が動きました。
その結果、子ども、成人、高齢者、それぞれの年齢層に対応する「小児看護」「成人看護」「高齢者介護」という三つの分野が、一つの「総合ケア職」として統一されました。
教育課程の最初の二年間は全員が同じ「ケア職」のための基礎的・総合的教育を受けます。その後、三分野のどこに進みたいか、専門分野を選択します。課程の後半では、学校で理論的学習を進める一方で、小児病棟、一般病棟、介護施設でそれぞれ研修を受けます。最後に国家試験に合格すると「総合ケア職」という国家資格を取得でき、同時に「小児看護師」「成人看護師」「高齢者介護士」の資格もとれる仕組みになりました。
人の年齢に応じて、必要とされるケアの内容が異なる、それに対応してケアする仕事がある、というシンプルな事実に対応して、看護師と介護士の垣根をなくす試みだと言えるでしょう。ちなみに、日本語に訳すと別な言葉ですが、ドイツ語だとどれもケア(Pflege)という単語を使います (看護師Krankenpfleger, 介護士Altenpfleger)。
日本と大きく違う労働条件
もう一つ、日本と違っているのは、働く時間の長さや夜勤の回数です。ドイツの首都・ベルリンの大きな病院での働き方は、日本で聞く話と大きく違っていました。
病院は3交代制で、早番6:00~14:00、遅番14:00~22:00、夜勤22:00~翌朝6:00(休憩込8時間)です。3交代のローテーションをそれぞれ1週間おきにまわしています。これらのシフトに入ると、シフト手当として月2万5000円、年30日+9日の有給休暇 (病休とは別)、夜勤手当、週末・祝日手当がプラスされます。
日本では3交代制勤務の場合、夜勤回数は月8回、場合により9回になることもあります。週の中でシフトをまわすために、なかなか体調が整わないという声もありました。これに対してドイツの病院では、驚いたことに、月に2回か3回しか夜勤がないそうです。
おまけに、働いている看護師の半数は、自分の希望する時間だけ短く働く、時短勤務(パート)です。ドイツのパートは正職員の看護師です。働く時間が短いだけで、給与が時間比例で計算される以外、処遇は全く同じです。このように短く働く看護師が半数いる中で、昼夜問わず病院を問題なくまわしているというのです。
どうしてそんなに夜勤が少なくてすむのか、聞いてみました。すると、そもそも配置人員が多いことがわかりました。たとえば手術室を担当する看護師は50名いるとのことでした。また自分の希望で夜勤専従の人もいます。多くの時短勤務者(パート)を含めて、これだけの人員が配置されることで、夜勤回数は少なく、看護師は自分の希望する労働時間だけ働くことができるようになっているのです。
「看護介護職員配置強化法」の制定
病院を外側からみると、日本もドイツもそれほど変わりはありません。にもかかわらず、どうしてドイツでは人員配置が日本よりも余裕があり、その分労働時間が短く、夜勤が少なくなっているのでしょうか。
その理由が三つめの点で、2018年にドイツで制定された「看護介護職員配置強化法」です。ドイツでは看護師・介護士の人手不足に対応するために、看護・介護で働く人にやさしい職場をつくろうと、診療報酬制度を根本的に改革したのです。
この法律によって、病院が得る診療報酬は、従来の診療の統一基準による包括報酬に加え、別枠で、看護・介護報酬(人件費報酬)が支払われるようになりました。こうした二本立て化により、看護・介護で働く人たちの予算が確保される方向へと進んだのです。
この改革により、看護師・介護士になる教育を受ける人に対しても、その費用が看護・介護報酬から支払われることになりました。つまり、看護師・介護士を目指す人には教育費の負担が求められなくなったのです。
いかがですか?
ドイツが最近進めた改革は、日本でなかなか改善しない看護師・介護士の状況を変えていくために考えるべき、方向性の一つを示しているように見えます。ドイツの試みをヒントに、日本でも、明日を変えていくための一歩を、今ここから踏み出していきませんか。
田中洋子
筑波大学名誉教授.東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学).ベルリン自由大学フリードリヒ・マイネッケ研究所と法政大学大原社会問題研究所・獨協大学外国部学部の日独二拠点で教育研究を進める.著書に『エッセンシャルワーカー.社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安くつかわれるのか』(旬報社、2023年)がある.
掲載日:2025年6月30日/更新日:2025年6月30日