ケアの倫理cafe vol.3|世界の人権保障|フィンランドの子育て支援
パリテの四半世紀
「男性による政治」への挑戦 フランスの両性平等のたたかい
齊藤笑美子(フランス在住)
社会全体の組織原理に
フランスで、「男女同数」を意味する「パリテ」が政治に導入されてから、四半世紀の時が流れました。「パリテ」は、議員の数がなるべく男女同数に近くなるようにする仕組みを指します。もともとこの言葉は、二つのものの対等性や平等性を意味しますが、そこから女性と男性の間の対等性、つまり男女同数制を意味する用語として定着しました。
パリテを実施する法律ができた2000年以降、この仕組みは洗練されながら効果を上げきています。国会の下院を例にとると、導入前の1997年時点の女性議員の割合は、10.8%でした。2000年代に急上昇し2017年には38.7%と過去最高を記録しています。
また議員のように選挙で選ばれる公職だけでなく、一般の公務員や民間企業の意思決定機関でも、この男女同数を目指すための措置が実施されています。つまり、パリテはフランス社会全体の組織原理となっていると言えるのです。
「割り当て」ではなく、「普遍的原則」
このようなパリテですが、導入時には、喧々諤々の議論が行われ、憲法改正までも必要とされました。そもそも女性が少ないことが、なぜ問題なのか。女性議員でなければ女性の利益を代表できないのか、など根本的な疑問が出されました。
歴史的に蓄積されてきた差別や不利の重みのために、不利な状況を突破することが難しくなっている特定の人間の集団が存在します。それは人種的・民族的マイノリティであったり、障害者であったりします。こうした不利な状況にあるグループを優遇するような措置は、積極的差別是正措置と呼ばれます。
パリテの特徴は、実際には各分野での女性の登用を促進する積極的差別是正措置の面を持ちながらも、原則として、そのような措置として主張されたものではなく、国家と社会を組織化する上での普遍的原理として主張されているということです。
クオータ制は「憲法違反」
フランスでもかつては、政治における女性の過少代表が大きな問題となっていました。1978年の下院選挙後で女性議員の割合はわずか3.8%でした。80年代、こうした状況を打破するために、候補者名簿に25%の性別クォータ制を導入することが試みられました。しかしこれは憲法違反であるとされてしまうのです。その理由は、国籍や年齢といった権利の行使に必要な要素以外で、選挙人や被選挙人を区別することは許されないということでした。
このような憲法違反の判決を乗り越えるために、1990年代から、「パリテ」という普遍的原則が主張されることになりました。性別を考慮しない市民という概念(そのために結局男性が有利になる)から、男女が国民のおおよそ同数を占めている状態を反映してこそ普遍的だとする主張への転換を行ったのです。「女性率25%」のようなある意味中途半端な要求を掲げるのではなく、男女が同数ずつ代表されることを要求する理論的な大転換を要求したのです。ここでは男女の差異は、他の差異とは異質な、より根本的なものとして扱われていることに注意を要します。
その方法と限界
この憲法改正に続いて採択された法律により、名簿式比例代表制の選挙では、名簿の上位から男女を交互に登載することが義務付けられます。これを守らない名簿は受理されないので効果は絶大です。比例代表制をとる欧州議会の仏議員は、2019年以降、男女同数を達成しています。
他方、小選挙区では、政党が公認する候補者をできるだけ男女同数に近づけさせるため、公認候補の数が男女同数から乖離するにつれて政党への助成金が減らされる仕組みを採用しています。このため小選挙区制をとる下院では、女性率30%台と、効果は限定的です。直近の選挙では、パリテが後退すらしています。一部の政党が、同数擁立よりも助成金削減を選んだり、同数擁立をある程度守っても、女性を当選の見込みのない選挙区に充てたりするためです。
民間企業のトップにも義務化
フランス憲法は、2008年にも大きく改正されています。この時、パリテが公職だけでなく、社会全体に当てはまる原則であることが明確にされました。これを受けて現在では、従業員数が250人以上の企業の取締役会と監査役会では、女性の割合を少なくとも4割にすることが義務付けられています。
このように、パリテは社会の様々なところで標準化されています。といってもフランスではまだ女性が大統領になったことはありませんし、大企業のトップは、圧倒的に男性であることも確かです。
しかしパリテが基準となることによって、大きなパラダイム転換が起きたことは確実です。社会にはほぼ同数の男女がいて、ある組織が表向きには両性に門戸が開かれているのに、男性ばかりが指導的な地位にある。こういう状態はなんらかの問題を抱えた異常な状態である、ということが可視化されたからです。この大きな転換のインパクトは、いくら強調してもしすぎることはないと思います。
齊藤笑美子
フランス・パリ郊外在住。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。茨城大学人文学部准教授、在ストラスブール総領事館専門調査員を経て、ジェンダー法政策研究所フランス支部長。共著に『ジェンダー平等を実現する法と政治―フランスのパリテ法から学ぶ日本の課題』(花伝社、2023年)
掲載日:2025年6月1日/更新日:2025年5月30日