ケアの倫理cafe vol.1|世界の人権保障|デンマークの社会福祉施策と高齢者の生き方
デンマークの社会福祉施策と高齢者の生き方
澤渡 夏代 ブラント
デモクラシーと社会福祉国家
デンマークの国の形は、「デモクラシーを基盤とした社会福祉国家」です。一言で表現すると「低いのは、貧富の差と預金の額。高いのは、女性の地位と税金」と、たとえられます。「人々の平等意識が高く、安心した生活が保障されているので貯金が少ない、女性の活躍社会で、納税額が高い」ということです。
国と国民は、国策として社会福祉経費を一人ひとりが納税という形で負担し、その見返りに「人」が生きていく過程で必要な教育費、医療費、介護・看護などを全て無料(公費)で受け、安心した生活を保障する「高福祉・高負担」の関係を選びました。この関係は、「ある人は、たくさん納税し、ない人はそれなりに」納税して皆で豊かな生活を支えています。
デンマークにデモクラシーが芽生えたのは、今から約170年前に専制君主制が廃止されて「民主憲法」が発令され、「民」に主権が移行されたことに始まります。「国民全員の健全で文化的な生活を保障する」ことが定められ、以来、デモクラシーは時と共に改善されながら、今では「デモクラシーは、母乳から」と言われるほど、デンマーク人の生活の中に浸透しています。
満足な人生
デンマーク人は、老若男女ともに自立している国民で「できる限り自分の生活は、自分で」と他人に依存することを好まず、シニア世代も例外ではありません。子どもが巣立った後の生活は、夫婦で楽しみ配偶者が欠けても子どもと同居することなく「自分らしい」生活を送ります。それがデンマーク人のライフクオリティーなのです。
2023年に非営利組織「ダンエイジ/DanAge」が高齢者55歳から89歳の4990人を対象に実施した生活意識調査によると、82%の人が自分の人生を「満足」、経済的には68%の人が「よい」、と回答し、残りの32%は「ある程度よい」という結果です。
自立生活から福祉サービスへ
老いは、誰にでもやってきます。自立した生活を営んできても加齢や病気で心身の機能低下によって日常生活が困難になった時、初めて市の福祉課に繋がります。市の福祉課は、本人または関係者から連絡を受け、看護師や作業療法士の資格をもつ判定員が利用者を訪問。面談によって、機能を補う福祉器具の支給、行動を助ける住宅改造、デイセンターの通所、配食サービス、介護・看護在宅サービス、高齢者住宅や介護付き住宅(Plejeboliger:プライエボーリ)などの多様な福祉サービスのうち利用者に何が適切で必要なのかを判定員が判断してサービスの支給が始まります。
在宅ケアを担うのは、ホームヘルパーやケアスタッフですが、それと共に重要な位置を占めるのが補助器具と住宅改造です。各自治体には、補助器具センターの設置を法律で義務付けられ、広い倉庫に電動ベッド、車椅子、歩行器、リフトなど多種多様な補助器具が用意され、作業療法士が利用者に必要な補助器具の支給に当っています。機能低下は「器具で補うことで自立した生活が可能」という主旨のもと、無料で貸し出されます。福祉サービスは、「人」を中心として、「必要な人に、必要な時、必要なだけ」支給されます。
終の住み家
現在の高齢者福祉サービスの中核は、40年前にスタートした「24時間在宅ケア」です。当時、施設ケアで膨れる財源問題と、老後を「できるだけ長く住み慣れた家で過ごしたい」という人々の願いがうまくマッチングして政策転換を可能にしました。「施設」という名称もなくなり、「介護付き住宅(Plejeboliger)」が誕生しました。重度要介護の利用者は、自宅のドアを開けた直ぐ前に介護スタッフがいる、というコンセプトです。
現在、65歳以上のデンマーク人の3.6%(2024)にあたる4万人が介護付き住宅に入居。対象者は、在宅ケアを十分受けてきたが認知症が進み自宅での生活が困難となって入居に至ります。介護付き住宅の多くは、リビングルームとベッドルームの二部屋とシャワー・トイレそしてミニキッチンが設備された50平米内外のアパートで、自分の慣れ親しんだ家具と共に引っ越してきます。
▲介護付き住宅の共同リビングでスタッフと雑談
「信頼と連帯」
そうはいっても、デンマークは花園ではありません。2024年の高齢化率は20.72%ですが、2039年には25%にのぼる予想です。高齢化社会に向けていかにサービスのレベルを下げることなく、高齢者のライフクオリティーを維持していくのか、大きな課題です。
国民は、安心を担保するために収入の半分を納税し、更に付加価値税25%を負担しています。「高福祉・高負担」の関係は、「信頼と連帯」の関係に大きく関わっています。納税分が何に使われているかを信頼し、皆で支え合う連帯の意識が要です。
国政選挙投票率が平均85%という数字が物語るように、デンマークの国民は政治の動向に大変敏感です。世界情勢が揺れ動くいま、財源の分配は深刻な課題で高齢者福祉もどの方向にいくのかは想定できません。しかし、多くの国民は「高齢者は、今の時代を築いてきた。安心した暮らしであってほしい」と強く願っています。
澤渡 夏代 ブラント
デンマーク在住、社会福祉分野をテーマにした日本人向けの視察・研修事業を経て、現在は、執筆・講活動を通してデンマーク事情を日本に発信。
著書に、『デンマークの高齢者が世界一幸せなわけ』2009年大月出版、『デンマークにみる普段着のデモクラシー』2023年かもがわ出版 その他
掲載日:2025年4月1日/更新日:2025年4月1日