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ケアの倫理cafe vol.7|世界の人権保障|ノルウェー 若者の政治参加と気候変動のとりくみ

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ノルウェー 若者の政治参加と気候変動のとりくみ
~未来図としての高校生の模擬選挙~

あぶみあさき(鐙 麻樹)ノルウェー在住・ジャーナリスト

 

 

 

気候やジェンダー平等におけるバックラッシュ

2025年9月8日、ノルウェーは4年に1度の国政選挙を迎えました。今年は残念ながら、気候と環境政策は大きな争点とは言い難いものでした。物価高で苦しい市民生活や税制、国際的にも不安定な時代におけるエネルギー政策や安全保障が注目されました。石油・ガス採掘国でもあるノルウェーなので、本来は気候政策が争点であるべきですが、トランプ大統領の言動の影響もあり、気候やジェンダー平等はバックラッシュを浴びています。

 

若者の間では特に男子の右傾化が目立ち、高校の模擬選挙でも極右政党の人気が顕著でした。さらにこの極右「進歩党」の党首が首相候補になるという、以前なら考えられなかった事態となりました。結果として、79%の投票率で、労働党政権は続投となりました。ですが、極右は議席を大幅に伸ばし、政権交代が当たり前のノルウェーでの次の選挙を考えると心配になります。

 

石油国家と気候活動家の対立

ノルウェーはオイルマネーで豊かな国ですが、日本ではその実態はあまり知られていません。選挙期間中、スウェーデンからグレタ・トゥーンベリさんが訪れ、石油国家ノルウェーの責任を訴えました。各地で抗議活動を行う彼女に反発したのが進歩党のシルヴィ・リストハウグ党首です。

 

極右の特徴として、気候対策への関心は低く、むしろ石油採掘をもっと進めるべきというスタンスがあるので、両者は対立しやすいのです。

 

環境活動家は工場を封鎖する非暴力不服従で警察に注意を受け、退去させられることがありますが、罰金や裁判に至るのは一部です。リストハウグ党首は「スウェーデンから何度もやってくる犯罪者」「国外追放されるべき」と、スウェーデンの犯罪ネットワーク問題と若者の気候運動を意図的に混同し批判しました。「首相になるかもしれない人の器がこんなにも小さくていいのか」と正直私はあきれてしまいました。

 

国政選挙で緑の環境党は急伸しましたが、皮肉なことにそれは急進的な気候政策ではなく「リストハウグを首相にしないため」という戦略が成功したためです(極右の邪魔をするのは気候対策にはなってはいますが)。

 

▲オスロ国会前の気候政策を訴えに来たグレタさん。

 

住民の若い世代による抵抗運動

スウェーデン・フィンランド・ロシア・ノルウェーの先住民は北欧3国で独自の議会と選挙を持ちます。ノルウェー国政選挙と同時開催されたサーミ議会選が現地で注目を浴びるのには理由があります。サーミ議会は内部の右派左派の対立というよりも、「対ノルウェー権力(政府)」で重要な役割を果たしているからです。

 

石油資源の依存から脱却するために再生可能エネルギーに力を入れるノルウェーですが、そうなると先住民の土地を巡る闘いとなりやすいのです。

 

この構図は現代の植民地主義やグリーンウォッシングを反映しています。風力発電などを巡り、北欧各地では何度も先住民の若い世代によるデモが起きており、サーミ議会の構成は当事者にとって大きな意味を持つのです。

 

模擬選挙に映る男子の右傾化

若者の民主主義参加は相変わらず高いなと感じました。ノルウェーでは1か月ほど、政党スタンドが集まる「選挙小屋」という空間ができます。市民は政党に提供されるコーヒーやワッフル(合法)をほおばりながら、政治のおしゃべりをします。驚くことに、ここには子どもと若者の姿が多いのです。

 

高校の模擬選挙はもはや伝統なので、高校生の姿は目立ちますが、小中学生、ときには幼児の集団までいます。学校の社会科の課題で各党に質問をしたり、メディア・コミュニケーションを学ぶ生徒がプロの機材を使いながらインタビュー動画を撮影したりしているのです。どういう質問をしているのか聞くと、今年は「ガザで起きていることをどう思うか」、税制度や環境・気候、若者に関する取り組みが多くありました。

 

実はここでまた若者が群がっているのが極右の選挙小屋です。賛成・反対含め、とにかく「言いたいことがある」「聞きたいことがある」子が多いのだなと感じました。

 

米国のトランプ大統領の影響もあるとはいえ、北欧全体で強まる男子の右傾化は気になるところです。北欧と言えばジェンダー平等が進んでいるイメージがあるかもしれませんが、北欧的バックラッシュが、「取り残されたと感じている男子たち」です。それでも社会ではまだ男性のほうが給料が高いなどの特権を多くもっていると私は感じていますが、一部は不満を感じています。

 

ノルウェーの高校の模擬選挙の結果は未来図として大きな注目を浴びます。今年は377校で19万6千人以上が参加し、投票率は81.4%。進歩党が26%で1位、保守党が19.7%で2位、労働党は6.4%支持率を落として3位でした。男子の右傾化は「自分と周りの財布事情さえ良ければいい現象」「母親や姉妹の声には耳を傾けない世代」とも評されています。

 

ジェンダー平等が進んだ地域だからこそ「取り残された男子たち」が不満を抱えやすいとも言われます。日本では美化されやすい「北欧教育」の結果がこれだとすると、何かしらの課題があるのは明白です。

 

北欧はまだ明確な解決策を見いだせていませんが、この「北欧の矛盾」は日本にとっても無関係ではないでしょう。

▲サーミ議会で最も議席を多く持つNSR政党とサーミ議長(一番下・右から3人目の黒い民族女性着用)。オスロのサウナ施設で開票結果を見守る。同政党の南部地区の立候補者1番は2000年生まれ(一番下・左の青い衣装着用)

 

▲極右政党「進歩党」の選挙小屋に集まる若者(右)。左側の黄色い選挙小屋はキリスト教民主党。この党も「この世には男女のふたつの性別しかない」など、米国のトランプ大統領の余波に乗り、伝統的な価値観を基盤に支持率をあげている。

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掲載日:2025年9月25日/更新日:2025年9月25日