ケアの倫理cafe vol.6|世界の人権保障|ベルギーの精神医療改革に学ぶ
ベルギーの精神医療改革に学ぶ
~当事者・家族とともにすすめる改革
佐藤ふき(きょうされん事務局)
日本の精神医療の現状
精神科病院での虐待事件が時にニュースとして報道され、信じがたい人権侵害が明らかになることがあります。「滝山病院事件」(東京都八王子市・2023年2月)や「神出病院事件」(神戸市・2019年12月)は大きく報道されましたが、それらは氷山の一角と言っても過言ではないのではないでしょうか。
これらの事件の背景には、日本の精神科医療の極端な貧しさが横たわっています。OECD加盟国の精神科病床数のうち、37.1%が日本にあると言われています(藤井克徳・佐野竜平 2022年8月)。また、平均在院日数は一般病床15.7日に比べ、精神科病床は263.2日と約17倍も長くなっています(2023年病院報告)。精神科は医師2分の1、看護師は3分の2の職員配置基準で足りるとした「精神科特例」は現在でも実態として残り続け、およそ医療施設とは呼べない脆弱な職員体制の中で、精神障害のある人は、時に人生のほとんどを病院で過ごすような長期入院が続いているのが現状です。
その現状をなんとかしたい!と、私たち「共同創造の精神保健福祉をすすめる会」(以下、「すすめる会」)は2018年からベルギーの精神医療改革を追いかけ始めました。
なぜベルギーなのか
精神科病院を無くした精神医療改革というと、イタリアのバザーリアが有名ですが、なぜベルギーなのでしょうか。一番の大きな理由は、日本と同じように精神科病院の8割以上が民間病院だということです。ベルギーは、ヨーロッパの中で精神医療改革においては後進国と言われていますが、それを強みに先進事例に学びながら、2010年から第3次精神医療改革がはじまりました。この改革には、当事者・家族の参加が位置づけられています。
「すすめる会」は、2019年にベルギーの精神保健改革を中心にすすめてきた公衆衛生保健省のベルナルド・ジェイコブ(Bernard Jacob)さんを招聘し、ベルギー探求を本格化させていきました。その後、それらの改革が、当事者や家族にとって実際に意味のある改革になっているのか確かめたい!と、精神障害当事者と家族をオンラインで招聘して話を聞きました。そして、再び2025年2月にジェイコブさんを招聘し、学習会だけでなく、厚労省への表敬訪問、精神科医との懇談、大学での講演など、いろいろなところで話をしてもらいました。
あったらいいな!モバイル・チーム
精神医療改革は、様々な課題を同時に解決していかないといけないと言われていますが、ベルギーの改革を学ぶ中で「あったらいいな!」と一番強く思うのは、モバイル・チームの存在です。ベルギーでは、精神科病院への予算をそのままに(時には追加の予算をつけて)、病院スタッフが研修を受けてモバイル・チームのスタッフとして地域に出かけていきます。急性期に対応するモバイル・チームと、長期的なケアを提供するモバイル・チームがあり、後者に利用期限はなく、当事者や家族もモバイル・チームのメンバーとして出かけていくそうです。
日本では地域で暮らす精神障害のある人に急性期の症状が出ると、保健所や警察に通報して強制入院するしか手段がない家族も多く、本人の意に反する入院によってその後の本人と家族の関係に大きな亀裂が入るということは珍しくありません。そしてそこから長期入院生活がはじまるのです。精神障害のある人を病院に隔離するのではなく、個々の暮らしの場にモバイル・チームが、期限を区切らず訪問し続けてくれたらどんなに心強いでしょうか。
精神科長期入院問題の解消にむけて
「すすめる会」では、今年度もベルギーの精神科医と当事者・家族のコーディネーターから話を聞く予定です。
2回の来日でジェイコブさんが何度も強調していたのは、ベルギーの改革は進行中であることと、改革をすすめるには、「コミュニケーション・コミュニケーション・コミュニケーション」、対話に尽きるということでした。そして、「滝山病院事件」のNHKスペシャル(英語版)を観てもらった後には、「以前ベルギーも同じような状況だった。そして改革を止めればすぐにこのような状況に後戻りするだろう」と…。もがきながらも前に進んでいかない限り、人権保障のしくみは容易に後退してしまうのだと、とても印象に残る言葉でした。
また、2024年7月3日の優生保護法裁判の最高裁勝訴判決を受けて結ばれた基本合意(2024年9月30日締結)にもとづき、9月からスタート予定の定期協議のもとの3つの作業部会のうち第3作業部会では、精神科における長期入院等の問題がテーマにあがっています。精神障害のある人は社会防衛のために病院に隔離しておけばいいという旧態依然とした日本の精神科医療は、優生保護法問題の残された大きな課題です。
私たちは、油断すると強者の立場にするりと立ってしまうことを自覚しながら、人権にしかとこだわっていかなればいけないと考えます。「私たち抜きに私たちのことを決めないで!」を実質化していくために…。
以下は、ベルギーのモバイル・チームの動画です。ぜひ覗いてみてください。
【解説】July’s story/ Julyの物語
(きょうされん:提供)
2019年11月6日に参議院会館で開催された「共同創造の精神医療改革」の中で流した動画の日本語訳です。この動画は、ベルナルド・ジェイコブ氏(精神医療改革プロジェクトマネージャー・全国コーディネーター)が、ベルギーの精神医療改革をWHOで報告した際に、地域で精神医療を担うモバイル・チームのサクセスストーリーとして紹介したものです。
また、2021年11月30日にオンラインで開催された「共同創造の精神医療改革 ベルギーのプロセスから学ぶ ~自分の人生を取り戻すために~」フォーラム1で、サラ・モーシンク氏(精神保健改革/一次心理学的精神保健専門家)の「ベルギーの精神保健改革」の報告の中でも再び紹介されました。
I am July and 39 years old.
私はJuly、39歳です。
It is such a big word “psychological vulnerability”.
「心理的な脆弱性」、難しい言葉です。
I am just a person feeling sick.
私は、調子がよくないだけです。
Belgium has transformed its mental health care system from a hospital-based to community-based one with mobile units bring care closer to people’s home.
ベルギーでは、病院中心からコミュニティに根差したメンタルヘルスケアへの改革を行なってきました。それは、人々の家により近いところでケアをするモバイルユニットと共にありました。
This is July’s story.
これは、Julyの物語です。
People don’t see that I suffer from illness and that causes problems.
人々には私が病気で苦しんでいることがわかりません。そしてそれが問題を引き起こすのです。
I sometimes cry and don’t know why. Life is difficult for me.
私は時々涙を流しますが、理由はわかりません。生きることは、私にとって難しいものです。
I tried several times to commit suicide but I never succeed.
私は何度か自殺を試みましたが、一度も成功しませんでした。
Which in the end was a good thing.
最終的には、それがよかったわけです。
2017 was the last time I tried to commit suicide.
2017年が、私が最後に自殺を試みた時でした。
Since I have a husband and a daughter, since I feel stronger, I will not do it again.
私は夫と娘をもったことで、以前より強くなったと感じています。だから、もう自殺を試みることはありません。
I have been hospitalized often at different intervals since 2007.
2007年から、私はたびたび入院しました。
The longest admission was for 6 months in a row.
最も長い入院は、連続6カ月間でした。
At that time my daughter Helena was very little and my mother took care of her.
当時、娘のHelenaはとても小さかったので、母が彼女の面倒をみてくれました。
The fact I could not go home felt like a living hell.
家に帰れないという事実は、地獄でした。
It was a very harsh period in our lives and a very dark time for my family.
それは、私たちの人生でとても厳しく、家族にとって暗い時間でした。
Six years ago, the mobile team started to supporting me.
6年前、モバイル・チームが私の支援を始めました。
With the mobile team there is shared with decision making.
モバイル・チームでは、私と意思決定を共有してくれます。
In the hospital, doctors and nurses made decisions without involving me.
病院では、医師や看護師が私抜きで決定をしていました。
I am very open with the mobile team and they take my preferences into account.
私は、モバイル・チームに対してとてもオープンになり、彼らは私の意向を考慮してくれます。
In case I am hospitalized they also take care of my daughter and husband.
私が入院する時、娘や夫の面倒もみてくれます。
(以下★は、モバイル・チームのリーダーのコメント)
★Mobile teams often advantage over hospital care.
★モバイル・チームは、しばしば入院治療よりも有効です。
★We care for our clients in their own environment and in their own homes.
★私たちは、患者を彼ら自身の環境、自宅でケアします。
★We get a much better understanding on how our clients live, what they need and their preferences.
★私たちは、患者がどのように生活したいのか、彼らが必要とすることや彼らの意向を、よりよく理解することができます。
★This is not possible when a client is admitted to the hospital.
★これは、入院している時にはできません。
Emotional support is very much needed to stay strong and to be able to live at home.
感情のサポートは、強く生きていくために、自宅で生活するためにとても大切です。
If there is something I need, I can always contact with the mobile team and they visit me regularly.
私が必要な時、いつでもモバイル・チームとコンタクトをとることができ、彼らは定期的に私を訪問してくれます。
We discuss my care plan and when I should contact them in case I don’t feel OK anymore.
私のケアプランについて、そして調子が悪くなった時にいつ連絡すべきかについて、私たちは話し合います。
It is very important for me we do this together.
私たちがこれを一緒にすることは、私にとってとても重要です。
2019年11月6日 和訳:きょうされん
2022年1月14日 修正
掲載日:2025年8月29日/更新日:2025年8月29日