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人権cafe vol2|男らしさ女らしさ


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頭の体操

お父さんと息子が交通事故に遭いました。父親は死亡が確認され、息子は頭を強く打ち、世界的に有名な脳外科医のA医師がいる病院に運ばれました。A医師は、この子を診察しようとし、顔色が変わりました。「この子は、私の息子です!」
『あれ?父親が亡くなったのに、A医師もお父さんなの?』と思った方おられませんか。
この文章は、無意識に根付いたジェンダー意識が表れます。A医師はこの子の母親なのです。

 

ジェンダーって何だろう?

昨今、ジェンダーという言葉が浸透しています。しかし、この言葉を正確に理解している方は少ないようです。
ジェンダー(gender)とは、 社会的・文化的・恣意的・願望的に作られてしまった「男性」「女性」の固定概念やイメージ・性役割・性差のことです。ここで大事なのは、実際に本当にある性役割・性差ではなく、あってほしい、あるいは、あると勘違いしている性役割・性差のことです。
この概念とは全く区別されるのが、「性別(sex)」です。「性別」とは、染色体の差から生じる科学的・生物学的な性の別のことです。実際に本当にある性差です。例えば、生理・妊娠出産・身体構造・ヒゲ・骨格・声などです。
ジェンダーの例をいくつかあげます。「育児は女性が向いている」「男性は論理的、女性は感情的」「男性は家事が苦手」「女性は裁縫が得意」「女性は話が長い」などです。ジェンダーは、私たちが思い込んでいるもので、性別による役割を押し付ける方便として利用されてきたとも言えます。
「ジェンダー平等」という言葉が性差別の解消を意味して使われていますが、ジェンダーの意味を正確に捉えるならば、真に目指すべきは「ジェンダーからの解放」ないしは「ジェンダーからの自由」だと言えます。

 

男女差別はどこから?女性の困窮が深刻なのはなぜ?

明治維新で封建時代は終わりを告げましたが、日本は絶対主義的天皇制を支えるため家父長制をとり、男尊女卑の構造は「教育勅語」などにより強化されました。家庭では夫が「主」、妻が「従」という概念により性別分業を前提とする社会構造がつくられたのです。
戦後も資本主義的競争原理のなか、財界主導で男性には長時間・過密労働が当たり前とされ、女性は家庭で支える役割を強いられました。夫婦同姓も強制されたままです。女性が働く際にも「従」の立場の仕事が推奨されました。それがケア労働です。都合よく家庭の中での主従関係を関連付け、保育や介護などのケア作業は女性向きで、稼ぎは家計の「補助」にすぎないと決めつけられ、「補助」ならば低賃金でも問題ないし、非正規など雇用の調整弁でもよいとされてきました。
これらの日本的な社会構造が、先に述べてきたジェンダー概念を醸成し定着させてきた大きな要因です。

 

ジェンダーから自由な社会の実現のために

日本国憲法は、第13条で「個人の尊重」(基本的人権の尊重)、第24条で「個人の尊厳と両性の本質的平等」をうたっています。社会構造を転換させ、差別をなくすには法律や制度の整備が急がれます。
日本が世界から遅れている要因は、政治など意思決定の場に女性の数が圧倒的に少ないことです。女性の議員を増やし、貧困や性被害の苦悩、育児と仕事の両立などを議会のテーマにすることが必要です。非正規労働をなくし、ケア労働の価値を高めて報酬に反映させることも重要です。さらに国連は、ジェンダーの視点で個人の尊厳を学ぶ「包括的性教育」(※1)を学校で行うことや、「性と生殖に関する健康と権利」(※2)についての情報に十分アクセスできることを日本に求めています。
同時に、私たち自身が、ジェンダーはすべての人の人権と尊厳の問題であることを自覚し、無意識に浸透させられている行動規範、価値観、役割分担によって差別がつくられていると知ることが大事ではないでしょうか。
また、様々なマイノリティへの差別を自分ごととしてとらえるために、自分のマジョリティ性や特権(※3)に気づくことが大切です。マジョリティ側が一緒に社会を変える立場に立つことにより、マイノリティ側が声をあげやすくなります。男性も「男はこうあるべき」といったしがらみから解放され、自分らしさを取り戻すことにつながります。
普段の思考や言動が、ジェンダーを前提にしていないか考えたり、片方の性別なら使わない表現(女医・女社長など)や、夫を「主人」、妻を「家内」「嫁」と呼ぶのをやめることから始めてはいかがでしょうか。これだけでも大きく変わると思います。
全ての人が、ジェンダーから自由になれる社会を早く実現したいですね!

 


民医連 人権カフェ リーガル・アイ

「○○ハラ」ってなんだろう

セクハラ(sexual harassment)という言葉は一説によると、1970年代に生まれたそうです。今ではそこから派生したパワハラ(power harassment)という和製英語とともに、すっかり市民権を得ました。また、これらは法律実務においてもよく使われる言葉です。例えば、セクハラやパワハラは、「不法行為」(民法709条)に該当するとされ、損害賠償の対象にもなり得ます。万が一執拗なセクハラやパワハラにより被害者を自殺に追い込んでしまったような場合には何千万円もの損害賠償責任を負うおそれがあります。もちろん、こういった法的リスクはセクハラやパワハラ以外のハラスメントにもあります。ハラスメントは人権侵害なのです。
ところで、最近では、「ハラ」の前にいろいろな言葉をつけて様々なハラスメントを意味するようになりました。例えば、アカハラ(academic harassment)は、教授や学校の先生など、学術機関における学問上の指導的立場を利用して嫌がらせをすることをいい、パワハラの一種です。他にも、逆パワハラ、マタハラ、スメハラ、ロジハラ、モラハラ、アルハラ、ドクハラなどなど、世間で言われている「ハラ」を挙げればキリがありません。これらもハラスメントの一種とされています。あなたはこれらの「ハラ」の意味が分かりますか。また、あなたはいくつの「ハラ」を挙げられますか。
このようにたくさんの「ハラ」がありますが、自分が嫌な気持ちになったからといって、なんでもかんでも「人権侵害だ」「○○ハラスメントだ」とレッテルを貼って相手のせいにすればよいわけではありません。
もっとも、世の中でどのような「ハラ」の存在が唱えられているかは、多くの人が職場や人間関係で普段どのような点を不快に感じているかを考えるのにはとても役立ちます。他の人々はどのような「ハラ」を感じているのか調べてみましょう。あなたが知らず知らずのうちに生み出してしまっている「ハラ」は無いでしょうか。

 

あすわか弁護士
片木 翔一郎

 

掲載日:2021年6月21日/更新日:2023年5月30日